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2009年3月5日(木)11時22分 

■ 義父

丁度1年前の2月、雪の降る中「愛と癒しのコンサートin 京都」に来てくれた義父。
打ち上げの席で、『晴ちゃん!愛してる愛してる愛してる』と握手しながら喜んでくれた義父。
あの翌日も、「頑張って今まで長生きして良かった」と、嬉しそうに語ってくれた義父が、昨年11月に脳梗塞で倒れた。あと3日の命かもしれないと聞かされた私は、仕事先から京都へと向かった。

病院に着くと、静かに寝ていた義父が、私の言う『愛してる愛してる愛してる』という言葉に大きな目を開け、布団の中から必死になって唯一動く左手を差しのべた。(右手と両足が全く動かなくなり、かろうじて左手だけが動く。)そして、私の手を握って「晴ちゃん、来てくれたの!?遠くから来てくれたの」と言った。ほとんど人がわからなくなり何も喋れなくなっていたはずの義父が、私の手を握ったままいつまでもその手を放そうとしなかった…。胸がはちきれそうになった…。

今年3月2日病院の義父を訪ねた。父は自慢の息子裕を今か今かと待っていたのだ。左手で弾けるピアノの楽譜を裕の兄に託けたからだ。義父のベットのそばに行き、『お父さん、愛してる愛してる愛してる』と呼びかけると、寝ていた義父が目を覚ました。まるで子供のようにあどけない清らかな目をぱちくりさせて、嬉しそうに左手を差し伸べてきた。「東京から来てくれたの〜」と。

看護師さんが「ほら、大正解!ちゃんと息子さん来ましたよ!」義父を車椅子に移してくださり、義父と義母と夫の裕と共に、車椅子を押して病院の中にある礼拝堂に移動した。

礼拝堂の扉を開けると、壁側にアプライトのピアノが1台設置されていた。私はピアノの前まで車椅子を押して行き、ピアノのふたを開けた。義父は、左手でポロンポロンと大好きなピアノを弾き出した。
かろうじて動く左手で夢中で鍵盤をたたいた。私は、拡大した楽譜のページを開き、ロングロングアゴーを一緒に弾こうと提案した。「いち、にー、さん、はい」義父と連弾した。ゆっくりゆっくりと。
同じ病院に入院している義母までが加わって3人の連弾になった。いまだかつて経験した事のない親子3人の連弾だ。迫真の演奏を夫が携帯で写してくれた。

父は「目が見えなくて恥のかきどうしだ〜」と笑った。「今度までにもっと練習しておくからね」と言った。かつては、ピアノコンチェルトを弾いていた義父が、右手も両足も全く動かなくなっているのに、決して嘆かずピアノを弾こうとする姿に、私も夫も胸が詰まった。

親というものは、こうまでして尚、子供を導いてくれるものか…と、頭が下がった。

亡き父を思い出した。医者である父が、医者である息子が施す処置の全てを受け切って逝った事を。
食べる事が好きだった父が、何も口から栄養をとれず水さえも飲めない状態で1年半、家族のために最後の最後まで応え続け、無言のまま導き続けてくれた事を。『ありがとう』と叫ぶ私達の両手をそっと握り返して息を引き取った父のことを…。

人は、「誰かのために生きる」「誰かの役に立てる」と言うことが、生きるということの原動力なのかもしれない…と思った。

3月10日に92歳になる義父は「礼拝堂で演奏会をする」と言う。こんな自分でも喜んでくれる人がいるのがありがたいと…


私も、生かされている日々を、自分を必要としてくれる誰かのために、この命傾けて生きてゆきたいとしみじみ思う。



2008年6月11日(水)17時22分 

■ 奉仕の心

むし暑くなってまいりましたが、皆様お元気でいらっしゃいますか。

今日、「愛と癒しのコンサートin 名古屋」で大変にお世話になった主催者の大竹園子さんが、早々に写真を持って名古屋からレッスンにいらっしゃいました。「CDを買ってきて、とスタッフに頼まれました」と、いくつかのCDをお求めになり、ご主人様が写されたたくさんの写真のベタをお見せになり、暫くの間、今も尚続いているというお客様からの感動のお話をなさりながらハンカチで目頭を押さえていらっしゃいました。

大竹さんは頻繁にレッスンに見えるのではなく、お忙しい書店の切り盛りをしながら、年に1〜2度東京に出ていらっしゃいます。そのような状況でありながら、よくぞコンサートをお一人でなさろうと思い立ってくださったものだと、今更ながらに大竹さんの勇気と情熱と人様を思うあたたかな愛に、頭が下がる思いがいたしました。

アンケートに「これに勝る奉仕活動はございません」とありましたが、昔銀行に勤めていらした事があるという大竹さんが、「今まで、ずーっと人のために貯金を使ってきたんですが、今回初めて自分のために貯金をおろしました」とにこにこしながらおっしゃいました。「自分の還暦祝いに」と…。

初めてご自分のためにおろされた貯金の使い道が、このコンサートであったとは…。

大竹さんのお心に胸が詰まりました。
そこまでして、皆さんに伝えたいと思ってくださったのかと…。

「本当に良いお金の使い方をしたと思っています。昨日は、8人の方から贈り物が届いたんですよ。皆さんが、喜んで下さって…私は本当に幸せです。」と涙を拭いながら語る大竹さん。

初めて大竹さんがレッスンにいらした時に感じた、あの声の中に潜む不思議な魅力の正体を見た思いがいたしました。

名古屋の方々に愛をお届けできる機会を作ってくださった大竹さんに、そして、その大竹さんを温かく見守り支えてくださったご主人様はじめスタッフの皆様に、あらためて心より感謝申し上げます。

本当に「出会い」と言うものは「人生の宝物」だと、しみじみ思う今日この頃です。


 


2007年12月31日(月)16時55分 

■ 2007年を振り 返って

今年も余すところ僅か、いよいよ秒読みとなりました。皆様お元気で年の瀬をお過ごしの事と存じます。


この1年、変わらぬあたたかなご支援を賜りまして、本当にありがとうございました。

お陰様で、2月には「高橋晴美の音楽ネットワーク後援会」が立ち上がり、あたらしいスタートをきる事ができました。

そして5月には1年がかりで作成した初の歌のアルバム「高橋晴美 愛を歌う」をリリースする事が出来ました。??才の自分の誕生日に、大好きな新緑の河口湖スタジオで、しかも「コーラスハルミオン」の皆様の祝福を受けて…。緑に囲まれ晴れ渡った空の下で聴いた「Happy Birthday」、満天の星空を見上げて歌った「星降る夜に」、一生忘れられない思い出となりました。

同じ5月にリリースした全日空スカイチャンネル採用記念盤「愛のピアノ」と並んで、この2枚のCDアルバムは、おかげさまで今年の大ヒットとなりました。予想だにしなかったご好評をいただき、一番驚いているのが本人です。作品の原点にお耳を傾けてくださり、その心を大切に受け止めてくださり、本当にありがとうございました。

7月の「月夜の子猫」ライブは、お店が閉店となるため、最後のライブとなりました。新曲をいくつかお披露目しながら、ハルミングと共にお客様との楽しい交流のひと時を過ごさせていただきました。
お忙しい中、いつも足を運んでくださいましたお客様に、心より御礼申し上げます。

8月には、けやきホールで初の「コーラスハルミオン夏の1日練習」が行われ、貴重な一日となりました。
又同じ日に、韓国で「Cantare〜歌よ大地に響け」が演奏され、お陰様で大好評をいただくことが出来ました。

9月は高山市民文化会館で行われたグァテマラの夕べからスタートしました。久しぶりに「遥かなる大陸」をオーケストラとマリンバと演奏し、最後はオーケストラと合唱で盛り上がりました。

又、父の一周忌には、八木秀樹さんのベース、ドラムスに、ハルミングの皆さんの歌、そして油井賢一郎さんのスタンダードも加わり、生前父がお世話になった方と共に我が家でささやかな音楽法要を行うことが出来ました。生前父が弾いていたピアノで、『父の手』の女声コーラス初演となりました。
参加してくださいました方々に心より感謝申し上げます。

11月はセシオン杉並での五色のコンサートからスタートし、翌日は山形県酒田市希望ホールで講演、
1000人の中学生が歌う「ひとつ」を聴き、子供達との心温まる音楽交流のひと時をいただきました。
この2日間のイベントで、又、新たな素晴らしいご縁をいただくことが出来ました。

11月末からは再び河口湖スタジオでのレコーディングが始まりました。それに引き続き12月はけやきホールでのピアノのレコーディングを行いました。

そして今も、来年に控えているいくつかのコンサートの準備と、楽譜出版の準備を同時進行しながら、新しい年に向けて夢を膨らませております。

振り返ってみますとあっという間の1年でした。

こうして元気に活動させていただけましたのも、皆様のあたたかなご支援のお陰様です。 あらためまして、心より深く感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

来年も更に精進してまいりたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

皆様もどうぞお元気で、素晴らしい新年をお迎えくださいませ。

 


2007年11月12日(月)18時20分 

■「ひとつ」がもたらせてくれたもの。

久しぶりに広がる青空、雨上がりの青空は透き通っていてなんとすがすがしいのでしょう! 皆様お元気でいらっしゃいますか。

お蔭様で、11月1日のセシオン杉並の五色のコンサートに引き続き、2日の山形県酒田市で行われた酒田市中学生合唱祭も感動のうちに終えることができました。

共通する作品は「ひとつ」。私にとりまして忘れられない感動の3日間でした。その詳細は後ほど写真入りでニュースの方でご報告させていただきたいと思っております。

被爆者の語りの後に演奏させていただいた「ひとつ」はグァテマラで広島原爆投下記念日の8月6日にホルへ・サルミエントス氏の作品「ヒロシマのピカ」と同日のプログラムで演奏した時の事を思い出し、切実なる祈りを込めた演奏となりました。

拭い去れない痛みと悲しみ…されど、平和な未来を築くのは愛しかない…。

グランドフィナーレでピースネット合唱団と合奏団アンフィニに日本フィルのメンバーも加わってくださり客席と共に歌い上げた「ひとつ」。一人一人の祈りが、きっと地球の裏側まで届いた事でしょう。
客席から聞こえてきた「ありがとう!」の声に、このコンサートに参加させていただいて良かったと、あらためて思いました。

翌日、庄内空港にお迎えに来てくださった先生のお話で、11月1日コンサートが行われた同じ日に、原爆を投下したアメリカ人死去のニュースを知りました。大自然の営みの中で天が何を言わんとしているのか…すべての御霊が愛で救われてゆき、一日も早く全人類が愛でひとつとなる時代が訪れることを願ってやみません。

そして、1000人の中学生の待つ酒田希望ホールへ!酒田での感動はあまりにも深くて、一言で言い表すことが出来ないほどでした。

1000人の中学生の歌う「ひとつ」のなんと清らかなこと!
与えられた時間内で果たしてどれだけの事を伝えることが出来たのか…、最後に客席の酒田市全11校の中学生と一緒に演奏した「ひとつ」は生徒達の目の輝きと共に生涯忘れられない思いでとなりました。

そして何より感動したのは、今回の酒田講演にお招きくださった池田校長(元教育委員会理事長)のお人柄と、池田校長を中心として集まった先生方の、生徒たちに対する愛の深さでした。
命を懸けて生徒達に夢と希望を与え続ける池田校長の姿に接し、あらためて「ひとつ」がもたらせてくれたご縁に、感謝の想いがあふれました。

この日までに「ひとつ」がどういうルートで運ばれて行ったのか、その長い軌跡がひも解かれ、心が震えました。そして、打ち上げ会場でなんと、会報「夢飛行」でもお馴染みのあの長谷部浩さんと初めて対面できた時は感動でした!
長い間「ひとつ」を歌い、指導し、生徒達に愛を伝え続けてくださった先生方といつまでも話が尽きませんでした。

最後に長谷部さんの指揮でみんなが歌いだした「ひとつ」。

〜人と人がとけてひとつ 今日も幸せ感じあいたい〜

思わず私も皆さんと一緒に歌っていました。そのあたたかな余韻が今も続いております。

 


2007年9月17日(月)16時45分 

■9.15「ひとつ」合唱練習を終えて

9月も半ばを過ぎ、朝夕の風に秋の気配を感じる今日この頃です。皆様夏の疲れは出てませんでしょうか?

9月15日は11月1日にセシオン杉並で行われる「ヒロシマ ナガサキ 平和の祈り 五色のコンサート」のテーマ曲に使われる事になった「ひとつ」の合唱のリハーサルが普門館大リハーサル室で行われました。
堀の内2丁目のあたり一体に聳え立つ建物群は、私が幼い頃、酒田音感教育の行き帰りに、いつも畏怖の念を抱きながら車の窓から眺めていた建物群でした。幼いながらに大変印象に残っている建物でしたが、実際に訪れるのは初めてでしたので、普門館と思って入って行ったところ、何とそこは大聖堂でした。幼い時に最も強烈に印象に残った建物でしたので、これが大聖堂であったと知った時は、大変な驚きでした。

外から拝したあまりのご本尊の神々しさに、「ごめんなさい!間違えました!」と、参拝に来られた女性の方に道を尋ねると、親切に教えてくださいました。普門館はよくコンサートが行われる所ですが、残念ながら私はまだ中に入った事はございません。2階の大リハーサル室に入ると、受付があり、スタッフの方々がこのコンサートのために集まられた合唱団の方々の受付をなさっていらっしゃいました。

そして、集まってこられた方々の中にあの、「森のパレット」の方々のお顔を見つけた時の嬉しかった事!そしてそして、2006年2月号の「夢飛行」に掲載されたあの、荻窪小学校の山根まどかさんがお嬢さんと二人でいらしてくださっていたのです。嬉しい出会いが再会となり、今度は同じ舞台に立って「ひとつ」を演奏させていただける…。なんて素晴らしい事なのでしょうか。

ただ、平和を願って「ひとつ」1曲を歌うためだけに、応募してくださった方々「ピースネット合唱団」75名。お暑い中、お忙しい中を足を運んできてくださった方々、そして無邪気に歌ってくれる子供たちの姿を見渡しながら伴奏していると、「ひとつ」がもたらせてくれた人の出会いに感謝の思いが溢れました。

あと2回の練習ですが、11月1日はみんなの心がひとつになって、平和を願い祈りを込めてセシオン杉並の大ホールから「愛」を発信して行きたいと思います。

 


2007年7月27日(金)6時38分 

■感謝の会

もうすぐ8月、夏本番ですね。皆様お元気でいらっしゃいますか。

私は23日に、6月3日に「全日本おかあさんコーラス大会」で「海よりも空よりも」を歌って特別賞を 受賞された合唱団「 森のパレット」にお招きいただき、啓明学園まで行ってまいりました。団員のお 一人の「是非、晴美先生をお招きして『感謝の会』を催したい」という声が発端となり、この会が催さ れる事になったとの事でした。啓明学園に着くと、なんと理事長先生自らお庭を案内してくださいまし た。

理事長先生の奥様はネットワーク発足当時からの会員でいらっしゃいますが、理事長先生ご自身が10年 来のファンでいらしたと聞き、大変に驚きました。その理事長先生に初めてお目にかかれた事が、先ず もって感動でした。

会場に着くと、子供達が私の両手を繋いで部屋まで誘導してくれました。部屋のドアが開くなり割れん ばかりの温かい拍手。それに続く25名の団員たちの歌に迎えられて用意された席に座りました。4曲ほど 歌ってくださいましたが、その歌声は美しく「ひとつ」「海よりも空よりも」を聴いていると、作品が もたらせてくれた新しい出会いに、なんともいえない幸福感を覚えました。

初めてお会いする方たちばかりなのに、皆さん本当に心の真っ直ぐな気持ちの良い方ばかりで、3時間の 間にすっかり心ひとつにとけ合っていました。

音楽というのは、なんと素晴らしいものなのでしょうか・・・。

今も、お一人お一人の笑顔を思い出しながら、心温められる想いが致します。 許された時間内に、どれだけの事が出来るだろうか・・・。自分に出切る全てを出し切ってこようと心 に決めて家を出ましたが、なかなか時間は短くて、又いつか次の機会に繋げられれば・・・という思い で名残を惜しんで会場を後にしました。

テーブルの上に飾られた花を眺めながら、子供たちからのプレゼントを手にしながら、 「あなたの部屋に野の花ひとつ」のメロディーが流れて来ます。

初めて私の作品を耳にした時から今日まで、団員達に作品を伝え、そしてこの会の実現にまで運んでく ださった 森 あけみさんに、この場を借りて心からの感謝の意を表したいと思います。

『森のパレット』が心を伝える合唱団として、ますます輝きを増してゆかれますように・・・。

             素敵な出会いにありがとう。
 


2007年7月1日(日)9時10分 

■いよいよ7月今年後半のスタートです!

蒸し暑い日が続いておりますが、お元気でいらっしゃいますか。

お陰さまで、7月31日のライブの予約は完売となりましたため、打ち切らせていただきました。以降は、キャンセル待ちとなりますのでご了承くださいませ。

ところで、先日、今回のCDアルバムでギターを弾いてくださった岩見淳三さんから、CDのお礼の電話がかかってまいりました。岩見さんにとっては、昨年の5月にリズムどりして以来、約1年ぶりに耳にするサウンドだったのです。楽しかった河口湖でのレコーディングを振り返りながら、暫し音楽談義に花を咲かせました。

その翌日は、岩見さんのHPをご覧になったという岩見さんのファンの方から、早速CDアルバムのお申し込みが入ってまいりました。そこで、早速岩見さんのHPを尋ねてみましたところ、実に楽しいコメントが書かれておりましたので、ご興味おありの方は彼のHPを是非尋ねてみてください。岩見淳三で検索するとすぐに出て来ます。その中の「ギタリストの嘆き」のコーナーをご覧になってみてください。
CD1曲目の「五月の風」をお聴きになられた方は、余計興味深い内容です!

又一昨日は、帰宅するとB5版の封書が届いておりました。早速封を開けてみますと達筆な字で、実にお心のこもったお手紙が入っておりました。その方は、栗田英二さんとおっしゃり、私がピアノソロのお仕事をしていた頃から、よくお店に聴きにいらしてくださり、当時夢中でレパートリーを広げていた私に、ジャズのスタンダードをいろいろとリクエストしてくださいました。

あれからどれくらいの月日が流れた事でしょう…。そんな栗田さんが、先日リリースした「愛をうたう」に対するコメントを6月22日のご自身のブログに綴ってくださったとの事でした。早速、尋ねてみて懇切丁寧に書かれた文章に驚いてしまいました。

遠い昔のお客様が、20年経っても、私の音楽の真髄にお耳を傾けてくださっている。思い切ってCDを出して良かった…見守り続けてくださるファンがいてくださることのありがたさを、しみじみ感じさせられ、又、励まされました。

今日もまた、たくさんの方々からメールをいただきましたが、それぞれの方がそれぞれに作品にお耳を傾けてくださり、日々作品と共にいてくださることを本当に嬉しく思いました。音楽活動の何よりの励みをいただき、本当にありがとうございます。

いよいよ7月、今年後半のスタートです。暑さに負けずに頑張りたいと思います!
皆様も夏風邪をひかないよう、どうぞお健やかにお過ごしくださいませ。
 


2007年5月22日(火)20時20分 

■5.19 CDリリースを終えて

皆様、お元気でいらっしゃいますか。 5月19日(・・回目の誕生日)、お陰さまでお天気にも恵まれ、CDリリースバースディーパーティーが無事に終わりました。河口湖スタジオでのハルミオン体験レコーディング付きというイベントでしたので、団員の方々は生まれて初めてのレコーディングをわくわくしながら楽しんでいただけたようでした。

レコーディングの後は、宿舎のベランダでバーベキューパーティーが行われました。シャンパンのふたが開けられると同時に、パンパンとクラッカーの音が鳴り響き、口々に「お誕生日おめでとう」の声が響きました。大好きな河口湖スタジオで、誕生日がCDリリースの日という、2度とない貴重な一日をいただき感謝感激!御礼に、今回レコーディングしてCDに入らなかった「Birthday Memory」を流し、御礼の言葉を述べさせていただきました。

昨年大きな人生の転機を迎えた時、「歌いたい」と心から思って始まったレコーディング。
CDとして商品にするつもりはありませんでした。ただ、自分が生きた証を残したい、作品が子供である私にとって、作者自身の歌で残す事は、親である作者の責任ではないかとも思いました。
ライトのあたるステージで歌うのではなく、たった一人の人のために歌うCDが存在しても良いのではないかと思った私は、作品が生まれた時の思いを伝えるためにCD化を決心しました。

歌い手でもない私がCDアルバムを出すという事は大変な覚悟でしたが、「待ってました!CDを出してくださってありがとうございます!」というファンの方々のお言葉を聞くたびに、思い切って出して良かった…と胸をなでおろしております。
今日も、「毎日毎日CDを聴いてCDが減りそうです!」とのFAXをいただきました。
待っていてくださる方がいる幸せ、喜んでくださる方がいる幸せをかみ締めております。
ファンの皆様の温かなご支援があってこそ、やり遂げる事が出来ました。あらためて、心より感謝申し上げます。

今年後半は、いよいよ愛のピアノの第2弾の製作に取り掛かります。これからも授かった音楽をお届け出来るよう、更に精進してまいりたいと思います。

今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。 


2007年4月29日(日)20時31分 

■4月29日 結婚式に思う

今日は朝から青い空が広がり、風もなく、本当に気持ちの良いお天気でした。

このお天気に恵まれた4月29日、愛娘のような目黒まりちゃんの結婚式披露宴がみなとみらいのヨコハマインターコンチネンタルホテルで行われました。旦那様の杉浦剛さんはとっても楽しく愛嬌のある方で、真理ちゃんの歌を心から愛し理解してくださる本当に優しい旦那様です。
結婚前二人で家まで訪ねてきてくださり、深夜までワインを飲み盛り上がりましたが、笑い過ぎてお腹が痛くなるほど愉快なキャラクターなのです。盛岡に行ってしまうため淋しくなるのですが、旦那様の理解を得て、月に一度はレッスンに東京に出て来られるそうです。

真理ちゃんとは、彼女が大学生の頃からのお付き合いでしたので、かれこれ10年が経ちます。1998年の東邦生命ホールでのコンサートからスタートし、ワルシャワ国立管弦楽団とのレコーディング、中米各国でのコンサート、イギリス各地でのコンサート、東京芸術劇場大ホールでのコンサート、広島、富士等々大きなステージをいつも共にしてまいりましたので、ウェディング姿の真理ちゃんを眺めていると様々な思い出が駆け巡り感無量でした。

これから、二人で力を合わせて温かい家庭をつくり、妻として母として様々な人生経験を踏む事でしょう。そしてその経験が、きっと真理ちゃんの歌に生かされ、大きく豊かに育ってゆく事と確信しております。

音楽はその人そのものが現れます。だからこそ若い頃には歌えなかった歌が、歳を重ねてこそ歌えるようになるのでしょう。これからの人生のすべての経験が歌の肥やしとなって、多くの人々の心に豊かな魂の歌を届けてくれる事を願っております。

当面はコンサート活動も続けてゆかれるそうですので、今までと変わらずご支援のほどよろしくお願い申し上げます。


2007年2月18日(日)23時31分 

■感謝

2月も半ばを過ぎ、春が待ち遠しい今日この頃です。この暖冬に、すでに靖国神社や上野公園でも桜が咲き始めているようですが、皆様は花粉症は大丈夫ですか?

この度、後援会発足、ネットワークの再開のお知らせを申し上げましたところ、早速に温かいお手紙や励ましのお言葉を賜りまして本当にありがとうございました。面識のある方はもちろんの事、面識のない方もお名前の向こうに温かいお心が感じられ、何とも嬉しい思いが致しますと同時に、頭の下がる思いが致します。変わらないご支援に深く深く感謝申し上げます。

私は、相変わらず一昨日は一口坂スタジオでレコーディングの続きをしており、翌朝9:30過ぎに帰宅しました。その後仮眠を取り、久々に「As If Paradise」でお馴染の結城滉二さんのライブに出演させていただきました。
結城滉二さんとはかれこれ15年以上のお付き合いになります。そもそも私が様々なコンサートの編曲やバンドリーダーを務めさせて頂くようになったきっかけは、彼のABCホールでのリサイタルでした。
いきなり7人編成のコンサートの編曲とバンマスの依頼をされ、丁重にお断りしたにもかかわらず、彼は決してひるまなかったのです。ひるむどころか最終的にはもうお一方と共に、口説かれてしまいました。
腹をくくってお引き受けはしたものの、こんな賭けまでして私の音楽性を信じ委ねてくださった結城さんに、何としてもお応えしなくては!と、それから仕事にトラを入れて寝ずの編曲、リハーサルと必死の毎日でした。

今思えば、あの一歩が芸術劇場大ホールへの一歩だったのかもしれません。何と貴重な第一歩だったのでしょう・・・。忘れることの出来ない貴重な思い出です。そしてその時のドラマーこそ、今私のすべてのCDに参加してくださっている八木秀樹さんなのです。

思い返せば、本当にひとつひとつの貴重な出会いによって今の自分が育てられてきました。
昨日は石井智子さん(旧姓 永堀智子さん)からCDと温かいお手紙が届き、先日は李京順さん(初演で「ひとつ」を歌われた方)から温かいお便りが届きました。

寄せられたひとつひとつのお便りの文字に宿っている「愛」に触れ、感謝の思いが溢れます。
いかに多くの素晴らしいお仲間に支えられて今日まで歩んでこられたか、本当にお陰様です。

今月は何とかレコーディングを完成させたいと思っております。皆様からいただいたエネルギーを抱いて頑張ってまいりたいと思います。共に歩んで下さるネットワークの皆様に心から感謝申し上げます。


2007年2月5日(日)17時18分 

■立春に歌う

この芽春立つ立春の候、皆様お元気でいらっしゃいますか。

抜けるような青空の下に広がる雪原を眺めていますと、「雪どけに」の旋律が流れてきます。
先日も、山形から「雪どけに」の楽譜はありませんかと、お二人の先生から問い合わせがございました。
雪深い地で生活をなさっている方にとって、雪どけの感動がいかに深いものなのかを、あらためて感じさせられました。そういう皆様の声のお陰で、ひとつひとつの作品がきちんとした楽譜となって行くように思います。皆様からのご要望に心から感謝申し上げます。

私の作品のほとんどが、ソロの歌として生まれてきておりますが、お陰さまで合唱への編曲をしてからというもの、たくさんの方々とのご縁をいただくようになってまいりました。昨日も、2年前に「ひとつ」と「Cantare〜歌よ大地に響け〜」の大合唱に参加してくださった数名の北米在住のアメリカ人の方に偶然お会いしたところ、私の顔を見るなり懐かしそうな満面の笑顔でハグして、「空と海がとけてひとつ〜」「悲しみが終わる夜明けに〜」と綺麗な日本語で歌い出すではありませんか! 本当に作曲家冥利に尽きます。作品がもたらせてくれる喜びを噛み締めました。

1月31日には、沖縄に新しく高橋晴美の作品を歌う合唱団「コーラスハルミオン」が誕生したと聞き、本当に嬉しく思っております。4月に指導に行かせていただく事が決まり、今から楽しみにしております。

又3月には、夢飛行23号でご紹介させていただいた「杉並区立荻窪小学校」の子供達が、卒業式に「ひとつ」を歌って卒業するというご報告が届きました。

皆様に愛されて作品たちも幸せです。歌はプロ、アマチュアを越えて、声という楽器をいただいている人間共通の喜びなのだと思います。これからも歌を通して皆さんと喜びも悲しみも分かち合って行きたいと思っております。

私も何とか2月一杯にレコーディングを終えて、晴れて皆様にご報告できるよう頑張ります!



2006年12月31日(日)16時48分 

■今年最後のご挨拶

 一年経つのは早いもので、平成18年も最後の1日となりました。
 皆様にとりまして今年はどのような年でいらっしゃいましたか。
 いつも変わらぬあたたかな応援をいただきまして本当にありがとうございました。

 人生には山あり谷あり、人それぞれに物語があるものです。
 私にとりまして、今年は忘れられない変動の年でございました。オフィスワンを離れて新たな出発をした年であり、又コーラスハルミオンにとりましても元帰りの年でもありました。
 そして最愛の父を亡くすという、私の人生に深い悲しみと深い感動を刻みつけた年となりました。

 流れに逆らうことなく、あるがままをすべて受け入れて生きた年でした。

 そんな渦中にあって、いつも変わらない真心で応援してくださる方々がいてくださる事が、何と嬉しかった事でしょう・・・。ただただ感謝申し上げます。

 さて、12月16日はコーラスハルミオンの今年最後の練習日と、恒例のパーティーがございました。 同日、一ツ橋ホールで行われた水の結晶の記念祝賀会で、プロの合唱団で有名な杉並児童合唱団が 「ひとつ」と「今日ー虹を渡る日」を歌ってくださいました。又、富士でも遠藤いつ子さんと共に、
 合唱団が歌って下さり、他にも何箇所かで作品が演奏されました。残念ながら聴きに行く事が出来ませんでしたが、いろいろな所に愛が届けられている事を本当に嬉しくありがたく思いました。

 又、このパーティー会場で、高橋晴美の音楽ネットワーク後援会が発足し、来年に向けてあたたかな希望の光に包まれる思いがいたしました。賛同してくださいました皆様に心より感謝申し上げます。

 来年の春には、新しいアルバムがリリースできるかと存じます。
 今年中には間に合わなかったのですが、実はこの1年を通して精魂込めてアルバム製作を致しました。
 愛と感謝をいっぱい詰め込んで皆様にお届けしたいと思っております!

 皆様にとりまして、来年が愛に満ち溢れた幸せな年でありますように・・・。
 来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。


2006年12月5日(火)22時13分 

■11月のイベントご報告

12月に入り、一段と寒さが身に沁みる今日この頃ですが、皆様お元気でいらっしゃいますか。

一年が過ぎるのは何と早いのでしょう!早いもので、昨年12月の広島コンサートから約一年が経とうとしております。11月は、6日に広島のためのプレコンサートが新宿ミノトールであり、その後11月17日の広島ゲバントホールでのコンサートのために、16日から3日間再び広島に行ってまいりました。

今回のコンサートは、なんと前回私を広島に呼んでくださったあの茶谷さんご自身と、茶谷さんと私を引き合わせてくださった内田さんとの「二人のコンサート」でした。お二人はこよなく私の作品を愛してくださり、「二人のコンサート」は今回で2回の東京でのコンサートに続いて、3回目のコンサートとなりました。

1年振りの広島は懐かしく、温かく、そして以前にも増して私にメッセージを送って来てくれました。

17日、コンサート当日の午前中、原爆資料館に再び足を運んでみました。もう一度展示品のひとつ ひとつに対面したくて…。原爆は決して人事ではない・・・己自身の日々の「愛」「思いやり」を問いかけられているような気がいたしました。そして被災者お一人お一人の遺品や写真と対面しながら、約束をするように、原爆資料館を後にしました。

ドームにもう一度足を運ぶと、ドームの隙間に抜けるような美しい青空が広がっていて、その上に2羽の鳥がとまっていました。あの焼け野原の広島に、芽が出て、そして今はまるで何事もなかったかのように平和な町が活動しているのです。ヒロシマからのメッセージをしっかりと抱きとめて、自分自信に問いかけながら、コンサート会場へと向かいました。

コンサートはあたたかな雰囲気に包まれ、終了後のロビーでは、懐かしい人達と1年振りの再会を抱き合って喜び合いました。刻々と流れてゆく時の中で、今、こうして何かしらの役割をいただきながら、縁あった方々と共に元気に生かされていることを、あらためて有り難いと感じた広島でした。

そして11月29日は飯田橋アグネスホールで、社団法人 日本産業退職者協会主催の「愛と癒しの歌〜高橋晴美の世界チャリティーコンサート」が開催されました。このコンサートのきっかけは雙葉小学校3.4年の担任の先生でいらした、田中信彦先生のご紹介によるものでした。お陰さまでコンサートの1ヶ月前にはチケットが完売となり、当日の会場は満席となりました。大きなコンサートが続いた中に、小さな規模のコンサートは、アットホームな温かさが漂い、久々に再会するお客様とも暫しの語らいの時間が持てました。収益金の全てで老人福祉施設にCDラジカセとCDを寄贈するという企画で、今回はDVDを寄贈されたと伺いました。お忙しい中、お越しくださいまして本当にありがとうございました。

12月に入り、いよいよ今年も残り少なくなってまいりました。今年最後の締めくくりに、心を込めて成し遂げたい事が残っております。来年皆様に成果を発表出来る様に、全身全霊込めて頑張りたいと存じます。

寒くなってまいりましたので、皆様お風邪を召しませんように、くれぐれもご自愛くださいませ。



2006年10月9日(月)18時43分 

■10月14日発売、楽譜のお知らせ

爽やかな秋晴れが続いております。皆様お元気でいらっしゃいますか。

10月7日に「愛のチャリティーコンサートin 富士」のリハーサルを終え、いよいよ本番までの時間も残り僅かとなりました。富士では着々と準備が進められております。実行委員の方々の熱い思いにお応え出来るよう最善を尽くして臨みたいと思っております。

さて、その日に間に合うように準備を進めてまいりました楽譜の出版も、何とか入稿にこぎつける事が出来ましたが、一点変更がございますのでお知らせ申し上げます。

先日皆様にお知らせしたHarumi's World News には「ひとつ」の表紙がCDと同じデザインで掲載しておりましたが、いろいろと考えた挙句、表紙のデザインを変更いたしました。 「ひとつ」の4番までの歌詞の中で私が最も大切にしている歌詞

〜「あなたの部屋に野の花ひとつ いつもやすらぎを届けてあげたい」〜

の言葉に重きを置き、一輪の野の花のデザインに致しました。 あたたかな思いやりが、人と人、そしてやがては国と国がとけてひとつになる事の原点です。 この楽譜を手にしてくださった方が、そんな優しさを感じて歌ってくださる事を願って、このデザインに変更いたしましたので、Harumi's World News 9月号を再度ご覧になってくださいませ。

「Cantare〜歌よ大地に響け〜」「ひとつ」共々、CDジャケットや会報「夢飛行」で皆様お馴染の、安達義寛さんにお願いいたしました。

10月14日、10年の歳月を掛けてやっと誕生する「ひとつ」の楽譜、メロディー譜、そして英語譜、歌詞が入って混声4部、女声3部共々一部 \800円 です。「Cantare〜歌よ大地に響け〜」の楽譜と共に皆様のお手元においてくだされば幸せに存じます。

10月14日の記念日に、皆様のお越しを心よりお待ち申し上げております。

季節の変わり目ですので、皆様、お身体お大切にお過ごしくださいませ。


2006年7月31日(月)6時13分 

■富士交流会ご報告

7月30日、今日は富士で行われます10月14日の「愛のチャリティーコンサートin 富士」のための交流会に行ってまいりました。久しぶりに乗る「こだま」、送られてきた「混声合唱団モルゲンローテ」と、最高年齢94歳の団員のいらっしゃる「すみれ合唱団」のMDを聞き返し、初めてお目にかかる実行委員の方々に思いを馳せながら富士へと向かいました。

新富士に着くと今回のコンサートの発起人松本さんがニコニコしながら改札口に出迎えてくださいました。交流会は三時から四時半まで、参加者は35名の実行委員と2人の高校1年生の計37名でした。

交流会は、松本さんのご主人の司会で実行委員長松本さんのご挨拶に始まり、私から皆様にご挨拶させていただいた後、ケーキとお茶で歓談しながら、集まられた方々の実行委員になられた動機を聞かせていただきました。お一人お一人の思いを伺っておりますと、お忙しい中を、実行委員になって下さり、ひとつの目的に向かって尽力してくださる方々のお心に頭が下がる思いでした。

とりわけ2004年の東京芸術劇場で行われた愛のコンサートにいらしてくださった方々が何人もいらしたのには感動いたしました。「一人でも多くの方に、この歌をお聴かせしたい」と、集まって下さった方々。暑い夏に、自分のためではなく、誰かのために、時間とエネルギーをかけて役立ちたいと思って動いてくださっている方々の「愛」に触れて、〜人は一人では何も出来ないけれど、人が愛のために何かをしようとした時は、果てしなく大きなエネルギーが生じるのだなあ・・・と、胸がいっぱいになりました。

4年前から、変わらぬ熱い情熱を胸に、松本さんは富士のいくつもの中学に愛の種を蒔かれていらしたのです。
時には先生方の反対にもあわれたでしょうに、松本さんはただ、子供たちのことを思い、「ひとつ」「Cantare〜歌よ大地に響け」の愛の種を蒔き続けられました。そして「晴美さんの音楽に感動してくれた子供たちが卒業する前に、晴美さんを富士にお呼びしたい、『こどもっち』に会わせてあげたい」という一途な思いが通じたのでしょうか、10月14日(土)たった一日だけあいていたロゼシアター大ホールを押さえられたのです。共に行動をしていらっしゃった実行委員の方々の生の声をお聞きして、今日までの長い年月の物語を見せられたような思いでした。

最後に、遠藤いつ子さんの歌で「海よりも空よりも」を、そして「ひとつ」をみんなで合唱 致しました。
会場に響き渡る「ひとつ」の伴奏をしていて、すでにコンサートの成功を予感させるような思いが致しました。その後ロゼシアターに移動し、大ホールを見学。1600のキャパは、芸劇を思い出しました。
舞台の広さも立派なものです。わくわくしてきます。楽屋、会議室、打ち上げ会場を見せていただきホールをあとに致しました。

その後夕食会場に移動し、委員の方々と一緒に夕食をいただき本当に素敵な時間を過ごさせていただきました。夕食会場は実に風情と品格のある別荘のようなたたずまいなのですが、何をいただいても美味しかったのですが、一番感動したのは、お食事のデザートと一緒に運ばれてきた、小さな一輪挿しに野の花がひとついけてあったものでした。10人全部違う種類の野の花なのです。あれには思わず声を出して感動してしまいました。まごごろ、思いやり、これこそ、「あなたの部屋に野の花ひとつ いつもやすらぎを届けてあげたい」の歌詞そのものでした。とっさに携帯で写真を写してしまいました。料理は心と申しますが、店主の心が沁み入りました。

楽しい時間はあっという間に過ぎ、深夜帰宅いたしました。

「音楽」が持つ力は何と大きいのでしょう。みんながこの一点に触れて喜びを分かち合えるのです。何年たっても何十年たってもいつも思うことは、音楽に導かれて生きて来れた事のありがたさです。感謝してもしきれないほどの、ありがとうの思いが、又溢れます。


 

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